ある社畜の独り言

主に女性のキャリアやライフで悩みや愚痴をこぼすブログ

産育休と期末の評価、今後のキャリアについて

近況

今の会社を「辞めたいなぁ」と思い始めて早数年になります。
転職活動をし、内定をいただいた会社もありましたが、色々考えた結果まだこの会社にいます。 しかし辞めたいという気持ちはずっとあります。
なぜ踏み切れなかったのか、何を優先順位の上位におくべきか、自分の能力など…雑感を書いておきます。

なぜ辞めたいのか

端的に言うと「年収が低いから」です。
今の会社で満足な給与がもらえているのであれば、辞めたいと思ってはいないと思います。 理不尽なこともありますが、ある程度裁量もあり(欲を言えばもう少し欲しいが)、働き方の自由度も高く、環境としては恵まれているなと思っています。

なぜ辞めなかったのか

理由は、かなり身も蓋もないですが、今の環境が「気楽だから」です。

第一子を出産したときから辞めたいという気持ちはありましたが、2人目を産むかどうかをずっと迷っていました。
迷っていた理由で大きいのは妊娠中の体調不良(主につわり)です。
第一子妊娠中も重いつわりに悩まされており、かつ妊娠期間中はずっと体調不良だったため、2人目もそうなることを前提にしていました。 (案の定2人目も重いつわりに悩まされ、2か月間ほぼ寝たきりの状態でした。) 大きな病気もせずにこの年まで生きてきたこともあり、半年以上に渡る体調不良は、私の精神をへし折るのには十分な要素でした。 そのため、下記の3択を永遠に悩んでいました。

  • 第二子を産んでから転職する

  • 転職して一定の成果を出してからから第二子を産む(性格上、転職後即妊娠はできないなーと思ってました)

  • 第二子をあきらめる

本来ならもっと早く決めるべきだったのだと思います。 ただ、迷っている時間が長すぎて、結果的には年齢のこともあり、1つ目を選ぶ形になりました。
正直に言うと、自分で腹をくくって決めたというより、迷っているうちに時間が経って、2つ目の選択肢を選べなくなった、という感覚に近いです。

なぜこの記事を書こうと思ったのか

年度末に前回の評価がありました。
結論から言うと、評価結果は芳しいものではありませんでした。

秋口から産育休を取得しているため、稼働期間の短さ=成果の低さになるのでこれは仕方ないかなという気持ちです。

一方で、私が産休に入ってからここまで大きなトラブルは発生していないと聞いています。 妊娠が発覚してから、というよりもっと前から、「私がいなくても回る体制作り」に尽力してきました。
マニュアルの整備はもちろん、メンバーの業務の棚卸および業務の再編成、他メンバーでもできるよう仕組み化、優先順位判断の明文化、メンバーの採用及びチーム編成に至るまで。
特に中小企業においてノウハウの属人化は最大の課題(のうちの一つ)であるので、かなり力を入れました。 上記の取り組みを評価してほしかったな…という気持ちも正直強いです。

こうした取り組みは売上のように分かりやすく数字に出るものではなく、影響範囲もチーム内に閉じやすい。その結果、評価項目に乗りにくいことも分かります。
他部門から見ても分かりやすい成果がなければ評価されにくい、という理屈も理解はできます。

でも、それでもやはり、「自分がいなくても回るように整える仕事」はもっと評価されてもいいのではないか、という気持ちは残っています。

これからやりたいこと

気を取り直して目の前の仕事をこなしつつ、今後は組織づくりや、他部門へ影響する取り組みにももっと入っていきたいです。
今回、せっかく自分が手を動かさなくてもいいように仕組み化したので、空いた自分のリソースを使って他の改善業務をやっていきたいな、という気持ちでいます。
と同時に、年収はあげたい、と強く思うようになりました。
お金は大事!物価上昇にまったく追いつけていません...涙
ということで、現職で成果を出しつつ、転職も本格的に動き出していこうと考えています。
そこで迷っているのが、ベンチャーを目指すか、大手企業を目指すか、という点です。

組織づくりや仕組みづくりは楽しいなという気持ちがあり、早い段階からそのポジションにいくならベンチャー、もっというとスタートアップなのですが、そこに踏み込む勇気が出ません...。 スタートアップのスピード感についていけるかな、という不安です。
一方で、大手企業は優秀な方が多い中で埋もれずに期待する成果を出せるのかな、という不安もあります。

結局、自分の不安はかなり能力面に集約されるのだと思います。
特に、自分は自己プロデュースがあまり上手ではありません。自己アピールや立ち回りも得意ではないです。
今回の評価にも、そういう部分は関係していた気がします。
あとは、頭の回転の速さや瞬発力にもあまり自信がありません。
このあたりが経験や訓練で改善するものなのか、それともある程度は適性の問題なのか、正直まだよく分かっていません。

仕事の優先順位

判断をするには優先順位を決めないといけません。
「年収を上げたい」は軸にありますが、24時間仕事するような体力はもうないし、子どもとの時間も大事。 色々中途半端になりそうなので整理する必要があります。 それはまた次回。

体操教室に通って1年を振り返る

概要

我が家の長女が体操教室に通うようになり、1年が過ぎようとしています。 体操教室での様子を中心にこの1年を振り返ってみようと思います。

習い事を始めるきっかけ

昨年のちょうど今頃、長女が満3歳になり月々の保育料が浮いたのでw、その分習い事に使ってみようか、という話になりました。
体操教室を選んだのは、身体を動かすことに対して苦手意識を持ってほしくなかったからです。
私(母)が極度の運動音痴で、物心ついたときから体育の時間は本当に憂鬱でした。 得意になってほしいとまでは思わないですが、身体を動かすことを楽しめる人生であってほしいな、という思いで運動系の習い事をさせようと提案しました。 夫も日頃長女の運動能力に疑問を感じていたので(年下の子より走るの遅いなど)、夫婦で見解が一致しました。

通っている体操教室

我が家では「ネイス体操教室」に通っています。

neis-gym.com

選んだ理由は「家から近いから」です。 運動系であればスイミングでもなんでもよかったのですが、近隣になかったので。
準備するものも運動着だけだし、自転車で5分、歩いても10分ちょっとなので予定の邪魔になりにくいです。
また、振替制度が充実していて続けやすいです。 我が家は基本的に土曜日に通うクラスにしていますが、土日は何かと予定が入ったりしますよね。 そんなときでも、空きさえあれば、時間を変えたり次の週末に2回受講したり、平日の夕方のクラスに行って欠席分を補ったりが可能です。

いざ、体験教室へ

まずは近くにあるので体験に行ってみることに。体験会の予約をネットからして、いざ教室へ。
体験は、実際に通っているお子さん達に混ざって一緒にやってみる形式です。
保護者も通っているお子さんの保護者に混ざって教室内の椅子に座って見学します。
全員で準備体操をした後、トランポリン、鉄棒の2種目は固定で、そこに月によってマット運動 or とび箱の大きく3種目をやります。
土日は人数が多いので、3グループ(1グループあたり5~6名)に分かれて10分程度ずつ3種目をローテーションして巡ります。 自分の番でないときに決められた位置で順番を待っているのもの練習です。

挨拶や待っている際の姿勢などを厳しめに注意してくれるのもいいなと個人的には思いました(厳しさの度合いは先生に依存しますが)。

体験会終了後、色々とご案内をいただき、「どうですか?」という感じです。無理な勧誘はなかったです。 春の入会キャンペーンの時期に行ったので、色々お得ですよ~という案内をいただき、長女に聞いたところ「楽しかった」というので(基本的にそう言うだろうなと思っていましたw)、 とりあえず1年を目処に通うことにしました。

通ってみての様子

はじめに

我が家では週1回の受講なので、「すごく運動ができるようになりました!」という効果は期待していませんでした。 実際に、今も運動が得意になったわけではないと思いますが、それでも一定の効果はあったように感じます。後述しますが、親にも。

通い始め~3か月

本人は口に出して「嫌だ」とは言いませんが、「気乗りしないんだろうな~」という感じでした。本人は「恥ずかしい」と言っていました。
そして親から見て感じる、圧倒的なできなさ。
他の子の年齢や経験もわからないし、比べるのはよくないとはわかりつつ、それにしても教室内で何もかも一番できてない。自分の学生時代を思い出しました...。

~6か月

行きしぶりこそしませんでしたが、教室に行っても親から離れなかったり、真面目にやらない日々が続きました。
待っている保護者の方がご兄弟の下のお子さんを連れていらっしゃることがよくあるのですが、下の子にスマホを見せているとそれが気になってしまったり(その保護者の方が悪い訳では決してない)。
「真面目にやらないのなら辞めようか」という話をすると、なぜか「辞めたくない」とは言うんですよね~。謎です。
教室内で「もう辞めさせるよ!」と言ってしまったことがあり、先生からは「保護者の方にべったりで一切参加できないお子さんもいらっしゃるので」と窘めらましたw

次女が誕生した時期なので、情緒的に不安定になっていた時期だったかもしれません。

~9か月

依然として親から離れないときもありましたが、頻度が減ってきました。 最初は真面目にやって、疲れてきて集中力が切れる、という過程が出てくるようになりました。
ちょっとずつできる種目が増えてきて、この辺りでようやく長女の苦手がはっきりしてきました。 どうやらジャンプがうまくいかないようです。なのでジャンプが要となるとび箱は大苦戦。 逆にマット運動はまだ見ていられる(親の気持ち的に)ことが増えました。

精神的にも変化が現れ、公園に行っても、以前は近寄らなかったロープなどに果敢に挑戦する姿が見られるようになりました。

~現在(11か月)

なんと、とび箱以外は急に人並み程度にできるように。本当にびっくりです。
本人も以前と比べる褒められる機会が増え楽しくなってきたようで、返事や準備運動も大きな声でするようになってきました。 (先生方はできてもできなくても頑張りを褒めてくださいますが、やはりテンションが少し違うので...)

所感

今まで長女が極度の運動音痴であると思って約1年過ごしてきましたが、もしかすると身体を動かす回路を作っていた1年だったのかもしれません。
ネイスの体操教室は3歳児(年少)から通い始められますが、長女は早生まれなので通い始めた当初は3歳児の中でもかなり月齢が低かったはずです。ちょうど1年経とうとする頃、カリキュラムに身体が追いついたのかもしれません。 月齢が1年近く違う子たちと比較してしまっていたのかなと反省です。
長女は体格は大きい方なので、早生まれの差を感じたことはあまりなかったのですが、身体が大きいだけで神経回路等の発達には差があったのかもしれません。

長女に「できない」と言ったことはありませんが、態度には出してしまっていたと思います。それを長女がどう受け止めたのかはわかりませんが、やはり他の子と比べてはいけないのだなと反省です。
彼女は彼女なりのペースで少しずつ色々なことを獲得していったのでしょう。子どもの成長は大人の思い描くような比例グラフのような線ではないということを改めて感じました。

また一つ、娘から教えてもらいました。

映画「子宮に沈める」感想

前提

ふとPrime Videoのおすすめに出てきた映画「子宮に沈める」。 概要で実際の事件を基にしたものであることから結末は想像できていたのですが、見てみました。 とてもショッキングで心を動かされた映画だったので、感想を書き留めておきます。ネタバレを含みますのでご注意を。

あらすじ

2人の幼い子を抱えたまま離婚した女性。 経済的苦難から生活は次第に荒れていき、彼女は家に帰らなくなる。 温かかった家庭、幸福だった人生。 急転直下の末に深い孤独と不安に追い詰められた彼女は、現実から目を背け、凄惨な悲劇を子供たちに強いてしまう。

感想※ネタバレあり

隠し撮りのような画角でひたすら部屋の中で起きる日常を切り取った様子が描かれています。 ナレーションなどは一切なく、登場人物の会話や部屋の光景から視聴者が状況を察していく構造です。 まるで監視カメラで覗いているような感覚を覚えます。

家族の日常生活がどんどん変わっていくが映し出されていきますが、子ども純粋さ、純粋さ故の愚かさに心を打たれました。

まだ手のかかる弟・そらくんにお母さんはかかりきりで、お姉ちゃんの幸(さち)ちゃんは構ってもらえません。 寂しさからか、わざと牛乳をこぼしてみたりします。 ある朝、幸ちゃんは熱を出してしまいます。 仕事にいく前の朝の親としては子どもの体調不良は非常に厄介なのですが、熱を出すとお母さんが構ってくれるので、具合は悪くても幸ちゃんはどこか嬉しそうです。

夜の仕事を始めたお母さんを幸ちゃんは遅くまで起きて待っています。 親としては寝ていてほしい気持ちも、幸ちゃんがお母さんと一緒にいたい気持ちも痛いほどわかります...。

お母さんが子ども2人を家に閉じ込めて帰ってこなくなってから、主な被写体は幸ちゃんに移ります。 特に胸を締め付けられたシーンは下記です。


尿意を感じてトイレに行こうとしたけれど(この時点でめちゃ偉い)、リビングから外に出る扉が外から固定されていて開きません。 その場で漏らしてしまいます。自分でパンツを履き替えます。

ミルク缶はひっくりかえって粉ミルクが床に散乱していますが、その粉を砂遊びのように瓶に入れて水も入れて弟にミルクを作ってあげます。

お腹が空いて部屋中を漁ります。 パイナップルの缶詰を見つけました。包丁で叩いて開けようとします。その手には切り傷があります。 (なんとか穴は開けられたようで、後半に缶詰のシロップを飲む様子が映ります。)

弟は衰弱し息絶えてしまいますが、まだ幼く死というものがわかりません。 「そら~、起きてよ」と声をかけ、粘土で作ったケーキでハッピーバースデーの歌を歌います。

冷蔵庫にあったマヨネーズを吸って飢えをしのぎます。空になったマヨネーズの容器に水を入れ、薄めて飲みます(賢い…)。

ついに幸ちゃんも衰弱してきたそのとき、お母さんが帰ってきました。 「ママ~遅いよ~」と言い、母の脚に抱きつきます。このような思いをさせたのはこの母のせいなのに。


なんて愚かで、なんて愛しいんでしょうか。 弟が死んで、自分がこんなにお腹が空いてつらいのはこの母のせいなのに。 まだ母親に縋っている様子がとてもつらく、同時にとても愛しいです。 この年齢の頃は、親が世界の全てですものね...。


自分にも0歳と3歳の子どもがいて、子育ては大変です。 自分の思い通りになるはずもないし、「ママ、ママ」と常にまとわりつかれて鬱陶しいし、引っぱたきたいときもあります。 だから子育てや生活に疲れて子どもを殺めてしまう親を100%で責める気にはなれないのですよね。もちろん絶対ダメなことなのは理解していますが。

「親の愛は無償」といいますが、本当の無償の愛は「子から親への愛」だと最近強く感じます。 まだ世界=親なので、100%の愛を親にぶつけてきます。 子どもからの愛を受け止めるには、親には余裕が必要ですね。 常に子どもからの愛情を受ける分の心の余裕を空けておくことが、子育てをしながら生きていくということなのかもしれません。 じゃないと、100%の愛を親にぶつける期間が終わってしまい、後悔しそうです。


「よ~し、今日は子どもの好きな唐揚げを作り、アンパンマンブロックで遊んでやるか!」という気持ちにしてくれる映画でした。 ※私の場合、「気持ちになる」だけであって実際に行動に移せるかは別問題(おい)。

でも二度と見返さないと思います。

子どもにあたってしまった

やってしまった。/(^o^)\ナンテコッタイ
イライラが爆発して子どもにあたってしまった。

背景:疲れの蓄積

今週はずっと子どもの寝る時間が22時以降で遅く、仕事もストレスも溜まっていました。
※子どもは起きている間のデフォルト行動として絵本を読めとせがんでくるので、その間は何もできない
子どもが寝ない→残務が溜まる→寝る間を惜しんで仕事する→寝不足→仕事の効率が落ちる→残務が溜まる→...
はい、負のループですね。わかります。

爆発

昨晩は20時半頃に子どもが寝たので「ィヨッシャァァァッァ!!!!!」と思って仕事を片付けていました。
すると、23時頃に泣き出す子ども。エーッ…?

だっこすること1時間。なかなか眠れないようでグズグズする子ども。
※旦那はこういう時に放置をするのであまり役に立たない。これにもイライラしている。

寝ない様子を見かねた主人の提案で夜の散歩に行きました。私は家で待っていたいと言いましたが、
夫婦して夕飯をとっていなかったので、軽食を買いに行こうよと誘われ…(でぶ★)

近くのコンビニに行った結果、子ども覚醒。超元気。

グズグズは治まりましたが、家に帰ってから絵本を読め攻撃。
5~6回読んだところで、体力の限界を感じたので放置を決め込む私。
本で叩いてくる子ども。本の角が私の顔にクリーンヒット。ここでプッチン来てしまった。
「うるさい!!!寝ろ!!!」と子どもに怒鳴ってしまった。

子どもはびっくりした様子で、数秒固まり、その後大泣き。(怒られたことわかるようになったんだね…)。それでも私は放置。
子ども、泣きすぎて嘔吐。ここで旦那が「吐いてる!!!!」と大慌て。
シーツを洗い、着替えさせる。その後、子ども就寝(どうやって寝たのか、もう記憶がない。旦那が寝かしつけたのか…?)。

後記

休みたいときに休めないの、しんどい。
どうすればよかったん・・・?
ストレスを溜めないように、とか書いてあるけどさ、無理じゃん?だって自由時間全然ないよ?
子どもは可愛いし好きだけどさ、休みたいよ。これでも家事は色々手を抜いているので(偉そうに言うことではない)、仕事の仕方を改善しないといけないんだろうなと反省しました。
サステナブルな働き方をそろそろ真剣に考えないといけない。

はぁ~~~ぁ。旦那は能天気に「そろそろ2人目を・・・」とかほざいてくるけど、全然自信ない。心折れました。無理。お前が妊娠しろ(つわり重い勢より)。
今日はここまで。

「在宅勤務の日は通勤時間がないから保育時間は短くていいよね」に思うこと

前提:我が家の保育園事情

私の職場は出社(片道45分くらい)と在宅勤務のハイブリッド形式を採用しています。
最近保育園の「送り」は私の担当になっています(迎えを旦那にお願いしている)。
出社のときはそれなりの服装&化粧で保育園に送りに行きますが、在宅勤務のときはほぼすっぴん&部屋着で行くので、一目で「こいつ…」ってわかると思います(笑)。

子どもを預ける際の一コマ

先日こんなことがありました。
その日は、いつも子どもを出迎えてくれる若い先生ではなく、ちょっとベテランの先生でした。

先生「おあずかりしますねー。あ、お母さん(私のこと)、失礼ですが、今日はお家でお仕事ですか?」
私 「え?あ、はい、家で仕事です。」
先生「そうですかー。今日はお迎えは何時頃ですか?」
私 「(いつも連絡帳に書いてるんだけどな…?いつもと同じ時間なんだけどな…?)19時です。」
先生「何時頃までお仕事なんですか?」
私 「特に決まってないですけど…19時前に一旦切り上げてお迎えにはきます。」
先生「わかりました。いってらっしゃーい!」



先生に悪気はないんだろうし、何か注意されたわけではないのですが、なんだか勝手にモヤモヤしてしまいました。

モヤモヤ

その会話の帰路で「在宅勤務の時は通勤時間を抜いた時間で預けてください」という注意事項があったことを思い出しました。
先生はこれを暗に言いたかったのだろうか?恰好がラフだから休みだと思われたのか?確かめるつもりはないですが。

我が家の勤務状況

夫婦ともにフレックス制の会社に勤めており、始業時間・終業時間という概念はありません。標準勤務時間はありますが。
在宅勤務の日は、通勤時間分も就業時間が確保できるので、遅れた仕事の巻き返しが望める貴重な時間です。

私の能力の問題もあると思いますが、特に出社した場合、標準保育時間内で仕事を回すのは無理なのです。
6.5時間くらいしか確保できないので、とてもじゃないけど仕事終わらん。

私の保育園では標準では18時お迎えですが、仕事が回らなくなってきたので延長保育を使って19時お迎えをデフォルトにしています。それでも出社の場合は7.5時間を確保するのがやっとかな。
先に書きましたが、その遅れを巻き返すのに、在宅勤務の日はとっても重要なのです。
お迎えが遅い分、子どもが家にいる間は子どもを優先できるように努力しているつもりです。
残務があったら、子どもが寝てからこっそりやっています。。。

お迎え時間設定の葛藤

19時までの延長保育をつけるかどうかも、結構葛藤がありました。

  • 同じ年齢で延長保育を使っているお子さんは少なくいので、寂しい思いをするかな…とか。
  • もうちょっと知恵がついたら「みんな18時に帰っていくのに、なんでうちだけお迎えに来てくれないの?」って思うかな。
  • でも、18時に家に帰ってきても仕事があるからと、構ってもらえないのとどっちがいいのだろう?それはお互いにストレスだよな…etc

言いたいこと

別に在宅勤務の日に通勤時間分遊んでるわけじゃねーよ!と。精一杯日々を生きているんだよ!!察してよ(無理なこと言ってる)!!
パーカーにサンダルで送迎してるけど、色々考えてるんだよ!!(同じ人いたらスミマセン笑)
私だって、できるなら、子どもと一緒に過ごしたいよ!好きで19時まであずけてると思うな!延長保育分の出費、地味に痛いんだぞ!?(涙)


完全なる被害妄想ですが、ちょっとブルーな気持ちになってしまったのでここで吐き出してみました。

今後の対策

以前の担任の先生には私の職種等はお伝えしていましたが、新しい先生には伝える機会もなかったので、今度の個別面談の際にアピールしておこうと思いました。

感情論と闘うには

経営層に私が求めている資質

最近、会社の上司(経営層)に対して不満を感じる機会が増えてきました。
まぁそりゃ上司に不満のない人なんて少ないのかもしれないのですが。。

最近は、感情論を振りかざされることが多くて、困っています。
「気持ちはわかるけど、経営者だよね?」って言いたくなります。
そういうことを繰り返していると、私の中で「経営層 = 常に合理的であるべき」という理想像?先入観?があるのだなと思いました。

でも、ま、経営層も人だもんね。感情はあるよね、そりゃ。

 

しかし振りかざされると困る感情

例えばの例ですが、

A課の仕事を代理でB課(筆者の所属はココ)がやっていたとして、「本来であればA課の仕事なんで、A課で人手が増えたのなら戻したいです。」というと、「今までやってくれてたのに、なんでよ!?」って返されます。

うん、気持ちはわかるよ、気持ちはね。

A課の担当者が言うのはわかる。でもさ、上層部が言うことソレ?って思うことが多々。

 

A課の仕事じゃん、元々。

あなたはA課のトップでもあるけど、立場的にはB課の上にもいるんだからね、組織図上は。部署全体、会社全体を見る立場じゃねーの?と。


代行する期限や条件を決める、とかがB課で代行する際にできていれば苦労しなかったのだと思いますが、代々受け継がれてきてしまった悪しき風習。

もう、むりじゃん。。。えー。。。

 

「こういうとき、どういう顔したらいいかわからないの。」(真顔)

 

どうすりゃいいのよ

  • 感情論には感情論で応戦すべきなのか?
  • 理論でひたすら攻めるべきか?
  • かわすべきなのか?(←性格的に無理、バトルしちゃう)

感情論同士で闘うと、泥沼なのでやらないことが多いです。(たまにキレたらやるけど)。

理論で攻めることが多いのですが、結局理論って感情に勝てないことが多いなーと思っています。

結果、1番下のうまいこと論点ずらしてかわす方法が1番いい、というのが今のところの個人的な結論です。でも、向き不向きがあります。私は向いてない。うまい人はホントうまいので、その技術ほしいなーってよく思います。

後から習得できるようなものなのだろうか。。。

家族のために働くってなんだろう

働くってなんですかね。(唐突な問い)
あ、明けましておめでとうございます(遅)

最近、自分のキャリアについて人前でちょい真面目に話す機会があったのですが、「家族のためにお金を稼ぐ」っていうワードがちょっと自分の中で引っかかったので、そこについて考えてみたいと思います。

家族という組織への責任感

他の方とキャリアについて意見交換をしたのですが、「家族を経済的に守っていかなきゃ」という意識が強い方が多いなと思いました。 一方、私は「自分のために働く」というのがメインで、「家族のため」という目的はサブ的だなと気づきました。 意見交換をした方がほとんどが男性だったからかもしれませんが、やはり昔からある「男性が家族を食わせていくもの」という意識は男女平等が叫ばれるこの令和においても根強いのだなと感じました。 確かに、女性の働き方については多様性が認められている気がします。フルタイムでバリバリ働いてもいいし、パートタイムにしてもいい、はたまた専業主婦をしてもいい。 一方で男性に対しては、専業主夫だったりするとやはり世間の風当たりはまだまだ強い気がします。

私はどうなのよ

もっと激務な職にうつりバリバリ働く、もできる。 子どもの将来のためになるべく蓄える、という思考回路はあるものの、いざ子どもが音大に行きたいとか、明確な目標がない限り、収入UPだけが目的の転職はしないかな。 もうちょい仕事量をセーブする、という選択肢は収入次第ではアリですが、裁量がない環境にいたことがないので、どう立ち回るのかが未知数。 大きい企業の方が収入や手当はいい傾向にありますが、大企業も裁量がないことが多いと聞くので、どうなんだろう、と思ってしまう。

。。。このように、仕事の話をしているとやはり自分は「自分のため」だなぁと実感します。 夫が働けなくなったり、離婚したりして自分が収入面の大黒柱になったらまた価値観が変わるのかもしれない。 年収はさほど変わらないですが(←私の意地w)、大黒柱をしてくれている我が夫はじめ世の世帯主の皆様はこういう精神的気負いもあるのだろう。 いつもありがとう。お疲れ様です。